仕事って。。。
今日は午前中図面や段取りなどを済ませ、午後から現場、手入れに行った。
昨日から、タツキが応援に来てとるけーほんまに助かる。。。
二週間ほど前に、新たなスタッフが1人入り、今いろいろと話をしながら仕事をしているが、今日こんなことがあった。
今日の現場は毎年 年に二回入る地元の古いお寺。
そこのお母様が、おれが落とした山茶花の枝をお供えに使いたいとせっせと拾ってた。
その間、お母様はいろんな話を俺にしてくる。
おれは、そんな時、手は止めないが、仕事のペースを落としゆっくりと鋏を入れる。
話の腰を折りたくないから。
そんなやりとりをしている中、若いスタッフがこちらに歩いてきて、
「もうこの枝は運んでもいいですか?」
と枝をより分けている途中のお母様に尋ねた。
お母様は、
「もう少しだけそこに適当においてもらって残りは運んでください・・・それより、お茶を飲みなさい。あっ、三時のお茶を準備しなきゃ。。。話はまた後で・・・」
こう言い、中に入っていかれた。
結構大事な話の途中だった・・・
おれは寂しそうなお母様の背中を見送り、少し悲しくなった。。。
若いスタッフに言った。
「空気を読め。」と。。。
お母様は、いつもおれに言う。
「あなたが来てくれたらほんとにうれしいのよ。
話し相手がいてくれて、庭も綺麗になるし、心がスーっとします。。。」
だからおれはいつもお母様との会話を大事にしてきた。
仕事ってほんとはこれが一番大事なことだとおれは思ってる。
庭を綺麗にしたり、樹を元気にしたり、そんなことは当たり前にすることで、でも一番大事なことは、「きもちいい、うれしい」そう思ってもらえること以外に何があるんだろうか。
おれは最近、よく若い奴に話す。
なぜおまえが生活できるのか。
女を守るってどういうことなのか。
やりたいことをやって生きるってどういうことなのか。
曖昧に捕らえていることがほんまに多いんじゃ。
でもこれをわかりやすくコトバに変えると、このすべてに「お金」って関わってくる。
おれは「お金」にそんなに執着はないし、贅沢したいなんて思ったこともない。
でも、やりたいことをやるとき、やっぱり「お金」はかかる。
とにかく「生きる」ことに多少なりとも「お金」がかかる。
じゃあ、その「お金」はどうやって生まれるのか。
それは、人が相手に対する「感謝」の気持ちに他ならない。
「感謝」を「お金」に換えているだけのことなんじゃ。
だから、動けばいいんじゃない。感謝されなきゃやっても意味ないんだ。特におれらの仕事は。
おれは若いスタッフに言った。
「俺らは芸術家じゃない。職人だ。
相手がはじめから決まってて、その人に喜んでもらえる仕事をするだけのこと。
おれらはその中でも「一段階上の喜び」を味わってもらえるように頑張ってるだけ。
それは、経験がないとできないことばかりじゃない。
経験がなくても、ほんとに親身に相手の気持ちを考えてあげれば出来ることが必ずある。
それは、俺や、応援に来てくれた職人、周りのすべての人のことを同じように考えればやることは出来ることは山ほどある。
相手の立場に立てない奴に「生きるチカラ」は身につかない。
どんな仕事につこうと、これは絶対に変わらない。
よく考えろ。。。」
ほんとは、仕事なんて何やってても変わらない。
それに気がつけば「人」ってどんどんおっきくなる気がする。。。